甘口抹茶小倉スパ写実レポート

喫茶マウンテンに行ってきた。


名古屋市昭和区にある喫茶店で、甘口パスタという奇妙なメニューを出すことで、インターネット界隈で絶大な人気を誇る店だ。最もスタンダードな甘口パスタが、甘口抹茶小倉スパなる緑色のパスタの上に生クリーム、あんこ、桃缶の桃、さくらんぼがのった色鮮やかなパスタ。検索で出てくる画像を見ただけでまずさがわかる強力なインパクトのメニューである。


名古屋に来て2年程経つが、市内に行くことが殆どないので、満足に
観光できていない。悪名高い喫茶マウンテンはずっと気になっている場所だった。


今日は有給をとって、午前中に名古屋市内に健康診断に行ってきた。まだ若年検診対象なので、身長測定、体重測定、視力検査、聴力検査、採血、胸部X線のメニューを一時間ほどでこなし、その後は自由の身になった。


名古屋から東山線で本山まで行き、名城線に乗り換えて八事日赤の駅へ。


八事日赤という街は、高低差がある場所にマンションが建ち並んでいて、住宅街の長閑な雰囲気が漂っている。俺は駅を出て、坂道を下り、団地横の細い道をぬけて、目的地に向かう。小学校のあたりまで来たところで、マウンテンとカタカナで書かれた看板が見えた。


ヨーロッパ木造風で、割と大きな建物だ。店に入ると、半分以上のテーブルに客がいる。皆、ピラフやカレー、赤や白の普通の色のパスタを食べている。俺は厨房横の四人席に案内された。


椅子にカバンを置いて、隣のテーブルを見ると、カップルが食事をしていた。完食した皿が二枚、その横にもりもりと緑色のパスタが盛ってある皿がある。どうやら期間限定のイチゴがのった抹茶スパをたのんでいたらしいのだが、二人は一切皿に手をつけずに、談笑している。


店員が水とメニューをもってくると、メニューの多さに圧倒された。パスタだけでも、味噌煮込み、カントリー、オリエンタルなど、名前だけでは味が想像できないメニューがたくさんある。その中に、甘口スパなるコーナーがあり、その一番先頭に甘口抹茶小倉スパがあった。人生最初の"登頂"(喫茶マウンテンで食することを登頂というらしい)になるので、ここはスタンダードなところから攻めようと思った。俺は東南アジア風の顔の店員さんに甘口抹茶小倉スパを頼んだ。


水を飲みながらパスタが来るのを待つ。座っているのは厨房の横。喫茶店といえばコーヒーやトマトソースの匂いが立ち込めているのが常であるが、マウンテンでは全くそれらしい匂いがしない。厨房で多種多様なメニューをつくっているせいか、甘いのか辛いのかすっぱいのか、筆舌に難い独特なにおいが漂っている。



じろじろと厨房を見ていると、厨房の中で店員さんがパフェを作っている。多きめのグラスにアイスなどをつめているのだが、スプーンを持ち、体重をかけるようにして具材を押し込んでいる。店員さんの必死にパフェに圧力をかける様子に、パスタが来る前にして、胃が締め付けられるような気分になった。


しばらくすると、さっきとは違う学生風の店員さんが「おまたせしました」といって皿を持ってきた。皿には湯気のたつ緑色のパスタがとぐろを巻いていて、その上に生クリーム、あんこ、桃缶の桃、さくらんぼが
のっている。まさしく、ウェブで紹介されていた甘口抹茶小倉スパだ。


俺はフォークに巻かれていたナプキンをとり、鮮やかなグリーンのパスタにさした。ゆっくりとフォークをまわし、メデューサの髪の毛のようなパスタを巻き取る。かすかな湯気とともに、抹茶のかぐわしい香りが鼻腔をくすぐる。一口分のパスタを巻き取り、ゆっくりと口に入れた。


…。


なんといえばいいか、一口めはまずくない。抹茶味のインパクトが薄い。とんでもない味を想像していたので、味の薄さに少し拍子抜けを
した気分だった。しかし、抹茶の醍醐味は味ではない。香りである。茶特有の香りが口に広がり、鼻に抜ける。口の中では、抹茶と全く相容れない触感のパスタが咀嚼されている。その違和感たるやすさまじい。


抹茶とパスタという、決して出会ってはいけない二人が出会ってしまっている。


そして、端的に形容すれば、まずい。


俺はフォークを置いて、店員さんに箸を頼んだ。なぜか俺は、マウンテンに来たからには甘口抹茶小倉スパを完食する、という思いに駆られていたので、ちょっとづつ巻きとるフォークではなく、そばのようにかきこめる箸へと変更した。


武器を変え、今度は一気に、大量の抹茶スパをつかみ、口に入れる。


が…、これはだめだ。口の中の違和感が半端ではない。パスタがまるで生き物ように口の中で動き、そのたびに抹茶の香りが鼻に抜ける。まずい。心のそこからまずい。水を飲み、パスタの抹茶成分を洗い流し、無理やり飲み込もうとする。が、それもだめ。飲み込めない。喉の筋肉が甘口抹茶小倉スパを前に萎縮してしまい、大量のパスタを飲み込む動力を発揮できない。


涙を流しながら、大量に口に入ったパスタを飲み込む。俺が海原雄山だったら、「このゲテモノを作ったのは誰だ!」と怒鳴り散らしているだろう。隣のテーブルを見ると、イチゴがのった抹茶スパをほとんど食べずに、カップルが会計を済ませていた。


箸で何度も緑色のパスタをつかみ、そして口に運ぶ。そのほとんどが口からこぼれおちる。濃厚な抹茶のソースで唇をぬらし、逆流する胃液を押し込めながら、食べつづける。


甘口抹茶小倉スパを食べる困難は三つある。


一つ目は口に入れた時。カルボナーラのように、まんべんなくソースがからみついたパスタを口に入れると、その瞬間にソースが口内にゆきわたる。さらに、とろみのあるソースが口や舌にはりつき、一切の逃げ場を許さない。


二つ目は喉を通る時。少し太めのパスタをつかっているので、なかなか飲み込めない。無論、甘口抹茶小倉スパを前にして萎縮してせまくなった咽喉ならなおさらである。


三つ目は飲み込んだ後。抹茶とは香りを楽しむものであるが、その特徴がすべて仇になっているのが甘口抹茶小倉スパである。芳醇な抹茶のフレーバーが休むことなく味覚と嗅覚を破壊する。


1/3ほど食べたところで、俺はふと思った。「なんで休みの日に俺は一人でゲテモノパスタを食べているのだろう」と。周りはカップルや複数のグループで来ている客が多い。皆でゲテモノメニューを茶化しながら
食べている。俺はというと、箸を投入し、一人でもくもくと甘口抹茶小倉スパを食べている。目は涙目、ほほは引きつり、三回転ジャンプ中の村主章枝ような顔で一心不乱に食べている。


少し変化をつけるために、朝日芸能を手元に置くことにした。グラビアのページを広げ、お姉ちゃんを眺めながら食べれば、苦痛は和らぐかもしれない。抹茶スパ、グラビア、抹茶スパ、グラビアのコンビは功を奏し、残り1/5ほどまでたどり着いた。


残りの1/5は、生クリームとあんこがのっている部分である。攻撃力が高そうなので、あえて避けながら食べていたのだが、いよいよここに挑まなければならない。富士山は八合目。まるで雪解けのように生クリームが熱で溶けてパスタにかかっている。今までの戦で鼻も口も、脳までもやられてしまっている俺には、残りのパスタたちがゴミにしか見えない。


手が震え、ずきずきとこめかみが痛む。


満身創痍の体に鞭を打つように、箸を生クリーム及び抹茶スパにさし、つかみ、ひきあげ、口によせ、中に放り込んだ。さっきまでの抹茶味に生クリームのマイルドさがプラスされ、さらに濃厚な味わいになっている。まずい。これは残飯に近い。だめだ。水、水で飲み込まないと。


さまざまな葛藤をしているうちに、抹茶の香りが鼻を抜けた。もうだめだ。


胃液が逆流して、プチリバース状態。嗚咽が店内に響き渡った。俺は涙目になりながら口の中のパスタを飲み込み、皿の残りを見た。30分ほどかけて食べているので、微妙に麺が延びている。ゲテモノを食べる輪廻に飲み込まれるような気分に襲われ、俺は完全に戦意を失った。


そのとき、俺は抹茶と呼ばれるものすべてに嫌悪感を感じていて、この先何年も抹茶味の小枝さえ口にできないと思った。それくらいのやられ具合だった。


目前で雪解けの甘口抹茶小倉スパが鎮座している。一刻も早く、この目の前の緑髪の化け物から逃れたくて、伝票を持ち、会計を済ませ、外に出た。外には学校帰りの小学生がランドセルを背に歩いている。少しうつむき、時にえずき、三回転ジャンプ中の村主章枝みたいな顔をした俺は明らかに変質者だった。


今回の単独登頂は、八合目にて失敗に終わった。次のアタックがいつになるかわからないが、名古屋に滞在している限りは、もう一度甘口パスタに挑戦しなればならないと、八事日赤のコンビニで買ったおしゃぶり昆布を食べながら、俺は心に誓った。

茶の香をかげば脳裏に浮かぶのがあの忌まわしき緑のパスタ(賽野かわら)