コインランドリーとクォーターコイン

町山智浩キャプテン・アメリカはなぜ死んだか』(文春文庫)に、アメリカでは洗濯物を外に干せないというエピソードが出てくる。


キャプテン・アメリカはなぜ死んだか (文春文庫)

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか (文春文庫)


アメリカの多くの家庭が乾燥機で洗濯物を乾かし、乾燥機を買えない一部の貧しい家庭だけが洗濯物を外に干す。乾燥機も買えない住人が暮らしているというレッテルを嫌がるマンションやアパートの管理組合が、洗濯物を外に干すことを規則で禁じた。青空の下で家族みんなで洗濯物を干す大草原の小さな家のような風景は、遠い過去の、古きよきアメリカの風景になってしまったらしい。


アメリカで一人暮らしをしていた時、部屋に乾燥機も洗濯機もなかったので、土曜日の朝になると、籠いっぱいの洗濯物と巨大なTideを持って家の傍にあるコインランドリーへ行っていた。どんなに陽気な天気の日に出向いても、薄暗い蛍光灯で店内がどんよりとした雰囲気のコインランドリーだった。店の中央に10台ほどの洗濯機、壁際に10台ほどの乾燥機が置いてあり、その中に1台だけ、銀行の頑丈な金庫のような取っ手がついた乾燥機があった。どうやらほかの乾燥機よりも早く洗濯物を乾かすことができるハイ・パワーな乾燥機のようだったが、一度も使わなかった。


店の洗濯機も乾燥機もクォーター(25セント)コインを入れると動く。店の入り口付近に両替機があって、どんな紙幣を入れても25セントコインに両替してくれるという恐ろしい代物だった。20ドル紙幣を入れると、スロットで大当たりしたかのように、大量のコインが出てくる。財布の中はいつもクォーターコインでいっぱいだった。


洗濯機と乾燥機を回すと1時間以上かかる。治安が悪い場所なので、コインランドリーから離れている間に洋服を盗まれても困る。いつも、マーカーと学校の教科書を持ち込んで、洗濯物をしている間は勉強をしていた。たまに、若くてかわいい女の子が同じように洗濯をしながら本を読んでいることがあり、素敵なロマンスは無いものかと思ったが、そんなことは一度も無かった。破れた古着を着ているアジア人なんてそうそうもてるわけが無いのである。


洗濯が終わると、乾燥機からふんわりと乾いた洗濯物を取り出し、籠に詰めて家に帰った。晴れの日も、雨の日も、洗濯物はいつもふんわりとしていて、温かくて、穏やかな休日の匂いがした。

太陽が西に沈んでいく前に約束の無い街へと歩く(賽野かわら)