1700文字の海

文章を読んで没頭する。目に見えるものも、耳に聞こえるものも、全てが一度意識の彼方に消えて、文字の羅列と、文章が想起させるイメージが目の前に広がる。ふと、集中が途切れて我に変えると、文章を読む前とは全く違う気分になっている。つまらないことにイライラして、チリチリしていた頭は、夕立が去った後の空のように、すっきりとしている。


文章を読んで没頭できる力は集中力というのだろう。いついかなる環境でも集中力を発揮できる人もいれば、俺のように、回りの音や風景、生理現象等のあらゆる要因によって、思ったように集中力を発揮できない人もいる。喫茶店でコーヒー片手に本を読んでいる人をみかけるが、あの人はどれだけ集中できているのだろう、と気になる。虫が顔の周りを飛んでいようが、子供が傍で走り回っていようが、微動だにしないのを見て、彼の集中力が羨ましいと思う。


無理をして、背伸びをして読む本には、なかなか没頭できない。学生時代に、埴谷雄高の『死霊』を読んだことがあるが、風景描写どころか、会話文もちっとも頭に入ってこなかった。黄ばんだ紙と、滲んだ文字に目を走らせ、お経のように文章を読んだが、没頭状態になることは、一度も無かった。


技術的な本はどうか。例えば、読了まであとわずかだが、なかなか最後の一口を食べずに本棚にしまっている和田一夫『ものづくりの寓話』(名古屋大学出版会)。半年ほど会社の鞄に入れて持ち歩いていたが(結構な重さだった)、一度として没頭するように読んだことは無かった。仕事のためだからと、一生懸命読んでいた。


ブログを読んでいて、ふと、文章に没頭することがある。この前、とある編集者さんの記事を読んでいる時に、そういう状態になった。イギリス小説について紹介されていたのだが、ご自身の過去の話や、最近あった出来事などの描写でぐっと文章に引き込まれ、思わず夢中で読んでしまった。


文章のうまさ、取り上げているテーマのおもしろさ、といった理由はあるが、俺は"適度な長さ"が関係していると思う。頻繁に更新されている素敵なブログはたくさんあるが、記事の文字数が少ないものが多い。短い記事を読んでも物足りなさが残る。かといって、長すぎる文章(かつ見辛いレイアウト)だと、最初から読む気がしない。気軽に読み始めて、気が付くと文章にどっぷり浸っているぐらいが丁度良い。


前述の編集者さんの記事だと、文字数が1700字くらいだった。400字詰めの原稿用紙で4枚とちょっと。魅力的な記事を書くために、1700文字というのは一つの目安になると思う。


で、この記事はというと…。1000文字とちょっと。1700字に全然足りてないが、もう書くこともないので、ここで終わり。

目薬を さす指先が 小刻みに 震える先に 眺む高原(光源)