リカちゃんとワタシ

サトコとリカは手をつないで歩いた。


道はどこまでも平らで、どこまでも続いていた。


サトコは鞄の中からANNA SUIのリップグロスを取り出して、リカの頬っぺたに、忍者ハットリくんのような渦巻きを書いた。


『どう、アフリカの儀式』


サトコはケタケタと笑った。リカはずっと灰色の雲がかかった黄緑色の空を眺めていた。


『コンドームに切れ目を入れてセックスにおよんだあの日から、生理がきてないの。うふ、計画通り』


『うん』


『リカ、ワタシ、サトシ君にお別れを言ってないよう』


『サトコ』


『何』


『あそこにナンシー関がいる』


畦のような道の片側に、屈強そうな2人のタイ人の男にタイ古式マッサージをされながら、恍惚とした表情をうかべるナンシー関がいた。


『こりゃ見るに耐えないね』


サトコは携帯電話を取り出して、26倍ズームでナンシー関を捕らえた。


『サトコ』


『何』


『あそこに井上ひさしがいる』


畦道のもう片側に、メガネを外して椅子に座り、巨乳の女医に歯の矯正治療を受ける井上ひさしがいた。


『めがね取ったら、井上ひさしなんだか誰なんだか』


サトコは空を飛んでいた巨大なコウノトリに缶コーヒーのおまけの機関車トーマスを投げつけた。トーマスが当たったコウノトリは、そのまま赤い池に落下した。


『サトコ』


『何』


『あそこに森繁久弥がいる』


『まさか。まだ死んでないよ』


『でも』


『気のせいだよ』


サトコとリカは手をつないで歩いた。


道はどこまでも平らで、どこまでも続いていた。


サトコとリカは黄緑色に染まる空を見た。灰色の雲の上には、パンパースのCMに出てくるような屈託の無い笑顔の赤ん坊に羽が生えた天使が飛び回っていた。


『サトシ君、ワタシのこと好きじゃないんだって』


『うん』


『リカのことが好きなんだって』


サトコはリカの手を握りしめた。サトコの手のひらに仕込んであった画鋲がリカの手に食い込んだ。


『サトコ』


『何』


『あそこに知らない人がいる』


道の真ん中にユニクロの黒いパーカーを着て、西部ライオンズの帽子を被った、サトコの祖父が立っていた。


『ここから先はお前達みたいな若い連中が来る場所じゃない!引き返しなさい!』


サトコはリカに、缶コーヒーのおまけのミニカーを手渡した。リカは振りかぶって、サトコの祖父に全力でミニカーを投げつけた。


『ぐふっ』


ミニカーがあたったサトコの祖父は畦道から落ちて、溝にいた大量のねずみの餌になった。


サトコはリカの手を振りほどき、リカの前に立った。


『ワタシはたぶん死んでいるけど、リカはまだ死んでないよ。ワタシが連れてきただけ』


『うん』


『いいの』


『うん』


『なんで』


『友達だから』


『リカ・・・』


サトコはリカに抱きつくフリをして、懐に入り、腕を巻きつけて一本背負いの体勢に入った。リカは重心をずらしてサトコのバランスを崩し、チョークスリーパーを決めた。


『サトコ』


『ぅぅぇぇぃぃぎぃぶぁっぷ』


『行くよ』


リカはチョークスリーパーをほどき、サトコのブラウスの襟をつかんで無理やり立たせた。そして手をとり、ひきずるように歩き始めた。


『恋に〜ゆれる〜心〜ひとつ〜』


リカは松山千春を口ずさみ、サトコは喉を押さえながら、どこまでも平らで、どこまでも続く道を、また、歩き始めた。