モノを買ふ土曜日

手先が不器用で、大雑把だが、机の上に置いてある本だとか、携帯電話だとか、メガネのケースの配置が気になる性質だ。埃の被ったスピーカーも、テレビ台と並行に置いてないと気になる。今パソコンを広げている机も、フローリングの木目と並行に置いていないと気になる。ちょっとでも動いたら、いそいそと元に戻す。こだわりは、全てのモノに対して平等ではなく、独断と偏見によって取捨選択されたモノだけに注がれる。


俺の親は、モノを買い込んで部屋に置いておく癖がある。母親はとにかく、菓子から文房具から服から、何でも部屋に置いておく人で、実家のソファの上には、クローゼットに入りきらなくなったコートやカットソーが散乱している。台所の戸棚の前にも、入りきらなくなった油、醤油等の液物がチェスの駒のように並べられている。父親はというと、健康器具が好きで、腹筋、背筋、上腕二頭筋、あらゆる部位を鍛える器具を買っている。最近のお気に入りはストレッチポールという細いサンドバックのような器具だ。


俺は家にモノを置いておくのが嫌いなので、親と喧嘩をする。正月に実家に帰った時も、俺が着ていたコートを置く場所が無くて、なぜこんなにモノが多いのかと、口論になった。実家に一緒に住んでいた時から、俺はモノが多い部屋が嫌いで、早く一人暮らしがしたかった。モノが溢れた部屋に嫌気が差して、卒業アルバム等の記念品を捨てようとして、大喧嘩になったこともある。


今日はなんばパークスに出かけたのだが、世の中というのはモノを売る店で溢れているなと思った。雑貨、健康食品、調理道具に、アクセサリー。なんばパークスを訪れる人たちは、皆モノを求めている。花のように数日で枯れてしまうものから、食卓のように、何年、何十年と使うものまで。道を歩く人はモノを求めている。平日働いた金で買い物をする。人が生きるために最低限必要な水や食料の他に、人は様々なモノを買って生きている。


俺は今日、以下のようなモノを買った。


モヤモヤさまぁ〜ず2のDVD(@タワーレコード)
・ゆず茶(@キタノエース)
米粉のバームクーヘン(@無印)


帰り道、手に袋を持ち、張り詰めて冷たい空気をかき分けて歩いていると、夕陽が差して、アスファルトがきらきらと光っていた。モノは自分の足りない部分を満たしてくれる。モノを置いておくのはあまり好きじゃないけれど、モノを買った後の、こういう気分は嫌いじゃない。平日稼いだ金で買い物をするのも、悪くはない。


晴れやかな気分で自分のマンションに着くと、前の道路を、大量のダンボールや空き缶、衣服を詰め込んだ台車を引く浮浪者が、ゆっくり、ゆっくり、横断して行った。

革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ(塚本邦雄)