ランナーズ・ハイ

昨日も休み。運動不足を解消するために、大阪城公園まで走ることにした。走るルートを確認するため、近所の本屋さんで地図を購入する。店番のおばちゃんに、若いのに地図を買うなんて珍しい、と言われた。Google Mapは便利だけれど、手にずっしりと重みを感じる分厚い紙の地図も、違った魅力がある。


家に帰って地図を広げて自宅がある本町から大阪城までのルートを確認する。中央大通りを東へまっすぐ行けばおよそ3km。たいした距離じゃない。ポロシャツ、短パンに着替え、運動靴を履いていざ出発。


人と自転車をかき分け、船場のセンター街に沿って中央大通りを走り抜ける。走り始めて15分ほどで息が切れ、全身から汗が噴出してきた。信号でしゃがみこんで休憩しながら、境筋本町、谷町4丁目を過ぎる。法円坂の緩やかな坂を上りきると、大阪城が見えてきた。


大阪城の回りは内濠と、東西南北の名が付いた外濠に囲まれている。上町筋から大阪城公園に入り、南外濠を走る。ランニングしている人はあまりいない。カップ酒を片手に顔を赤らめたおじさんが、濠を眺めながら東屋に腰を下ろしている。汗がポロシャツにしみて、向かい風を受けると肌寒い。


思ったより早く目的地に到着したので、更に遠くまで走ることにした。大阪城公園を北上し、大阪ビジネスパーク抜け、寝屋川を渡って京橋へ。京橋の街は、道がひたすら狭く、いりくんでいる。駅前の広場から北東に商店街が広がり、広場から東へJR環状線の高架橋をくぐると、"京橋はええとこだっせ"というCMで有名な京橋グランシャトーがある。京橋は、風俗店と飲食店が乱立し、雑多で不思議な空気が漂う街だ。


本町から京橋まで、5km以上走っただろうか。さすがに足はがくがく、腰は骨抜きされたようにへなへなになったので、カラオケ店に入って、1時間半、一人カラオケをする。最近習得したものまねに磨きをかけるため、美川憲一の「さそり座の女」などを歌う。


カラオケ店を出たのは17時。京橋から南に下って、大阪城公園の北濠、西外濠に沿って反時計回りに走る。追手門学院の女子中学生・高校生を眺めながら、本町通りを曲がり、そのまままっすぐ西へ走る。時刻は丁度サラリーマンの退社時間だ。堺筋本町あたりまで来ると、仕事帰りの老若男女で溢れていた。Cancamから飛び出してきたような女性達が、楽しそうに笑いながら駅へ向かって歩いている。


年配の男性の横を走り抜けると、懐かしい香水の匂いがした。東京で働いていた時に同僚がつけていたのか、それとも親父が昔つけていたのか、忘れてしまった。記憶の網をほどきながら、スーツで溢れた道を、短パンとポロシャツで走り抜ける。恥ずかしいという感情もあるし、ほっとした感情もある。俺の住んでいる街は、こんなにたくさんの人で溢れていたのか、と思う。


夕陽も見えない曇り空の下、家まであと数百メートル。いつも通る見慣れた道だ。ふと、交差点の右手から女性が乗った自転車が飛び出した。スピードを落とさず、左右や後ろを確認することなく、道路を斜めに横切った。思わずブレーキを踏んだトラックが長い長いクラクションを鳴らした。自転車に乗った女性の頬には涙が伝っていた。彼女は振り返ることなく、そのまま斜めへ走り抜けた。


家に帰ると時刻は18時。汗がしみた服を脱ぎ捨て、浴槽を洗い、芍薬の香りがする入浴剤を入れて、風呂に入った。頭から指の先まで疲れきった体を湯船につけて、かれた声で「さそり座の女」を歌いながら。

香りから 記憶を辿る 旅路から 戻った夜に 餃子を食べる