ウィスキーがお好きでしょ

一人でウィスキーを飲むようになった。グラスに氷をたくさん入れて、飴色の液体を注ぎ、同量の水を混ぜる。氷を溶かしながらアルコールを薄くのばし、すっかり味をふやけさせた水割りをちびちびとすする。


平生飲んでいた訳ではないので、あまりおいしいとは思わない。舌が強い刺激と独特の香りに慣れていないので、一口目はうっ…とする。それでも我慢して、舐めるようにすすり続ける。慣れない酒の所為で夜の寝床で胸やけし、なんであんなものを飲んだのだと恨めしい気分になる。それでも、次の夜にまたすする。


いつも飲んでいるビールや焼酎も、始めはおいしいと思って飲んでいたわけではない。夜の席で、なんとなく皆に合わせて注文し、渋い顔をしてすすり続けたら、いつのまにかおいしいと感じるようになった。頭で飲んでいたら、舌が勝手についてきた。


開高健を読んだら、ウィスキーを飲みたくなった。『耳の物語』では、開高青年は戦後の闇市で悪友にそそのかされて密造酒に親しみ、谷沢永一と文学論議に花をさかせながらぬるい酒をすすり、寿屋で勤める牧羊子にすすめられるままウィスキーの味を覚える。戦後の大阪、夜毎トリスバーに通い、疲れた顔でウィスキーをすする開高健を想像すると、無性に俺も飲みたくなった。


ギャンブルも酒も"覚える"という。段々と、少しづつ、体と頭に、大人ってのはこいつをちびちびやるものだぜ、と刷り込む。飴色の酒に"香り"や"コク"といった修飾を施し、頭の中で素敵な飲み物に仕立て上げる。


そして、ウッカリしてロックでなんか飲んだりして夜に胸焼けして、寝床で恨み言を言うのである。

『波立てて グラスを回る スコッチは 浮世絵みたい 。』『疲れてるのよ。』