水溜り

月曜日の早朝、新大阪から雪降りしきる京都、米原、羽島を抜けて名古屋へ向かう。車内で、到着は1時間半遅れる、というアナウンスを聞き、シートに深く腰をおろした。窓の外に目をやると、木も民家も分厚い雪で覆われ、降る雪で遠くの山がぼんやりとしか見えない。スーツ姿で仕事に向かっているにも関わらず、観光に出掛けているような、ぼんやりとした気分になった。ドドッ、という音がして雪の塊が列車の上から落ちたのが見えた。


名古屋駅から電車を乗り継いで仕事場まで向かう。湿気でムワっとした満員電車から降りて、駅を抜け、キャリーバックをゴロゴロと引いて歩いていると、歩道の際に水溜りがあった。その水溜りを越え、横断歩道を渡って向かいに行かなければならない。水溜りの距離は1.5mほど。


ゴロゴロとキャリーバックを引きながら1.5mも股を開いて渡るのは少し無理があると判断した。水中でキャリーバックの車輪がうまく回らなかった場合、氷と砂利の混じった水溜りに股裂き状態ではまることになる。出張初日からスーツが台無しになっては敵わない。


考えた結果、キャリーバックとビジネスバックを片手ずつに持って、ジャンプで飛び越えることにした。シャツに、セーター、ジャケット、コート、マフラーを着込んだ重装備での跳躍である。想定される最悪のケースは、着地地点が凍結しており、足をすべらせ転倒すること。


マフラーをきつく結び、キャリーバックの取っ手を収納して手に持った。信号が青に変わり、いざ。


股を開いてえいやと飛び、足が地面に着いたとたん、つるりと滑った。着地した先は凍結状態。重装備の体とあほみたいに重い両手のバックを振りながら必死にバランスを取り、一度後ろに倒れかけた重心を前に戻した。なんとか体勢を建て直し、ジャンプの時に軸にした足を水溜りより少し前へ踏み出した。そして、地面を這わせるように小刻みに歩いて横断歩道をわたった。


工場に着くと、建屋の屋根はうっすらと雪に覆われていた。入り口の壁には、手のひらにのるほど小さな雪だるまが鎮座している。ふと、厚手のジャンパーを羽織った工員さんがすれ違うトラックに手を上げて挨拶した折、つるっと足を滑らせバランスを崩した。すぐに体勢を立て直し、苦笑いしながら、また歩き始めた。


雪の降らない街の雪景色である。


【今日の短歌】
空調の 設定温度を 5度上げて 紙捲る指 風に宛がう